医師の皆様 FAQ
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<お知らせ>

 医学雑誌「救急医学」2003年7月号の「特集 交通事故」
 で村尾医師が妊婦の交通事故の解説を行っています。
 よろしくご参照下さい。

 「妊婦の交通事故」 村尾 寛
     「救急医学」(へるす出版) 2003年7月号 p852-856


まず、「現在妊娠中の女性はこちら」と「妊婦独自のシートベルト装着
法をご存知ですか
」の内容に予め目を通された上で、以下をお読み
になる事をお勧めします。


Q1.シートベルトを装着すると子宮破裂の危険はないのでしょうか?


   A.日本の医師の多くは、妊婦独自のシートベルト装着法
     知りません。子宮の真上を横断するものと思い込んだ上で、
     危険だという医師が少なくありません。
     妊婦独自のシートベルト装着法は、ベルト自体による子宮へ
     の圧力を1/3〜1/4に低減する、極めて重要な方法です。
                      (参考文献 7)

      現在の所、妊婦独自のシートベルト装着法を正しく行ってい
     たにもかかわらず、子宮破裂を起こしたという症例報告は、
     Pub Medで検索しうる限りでは、世界的に見出せていません。
                      (参考文献11)


Q2.シートベルトを装着しないと、どうなりますか?

   A.ベルトを装着しない場合、窓ガラスを突き破って車外放出した
     り、ダッシュボードで強打したりして、頭部打撲で妊婦自身が
     死亡する可能性が高くなります。(参考文献 3)

     妊婦が死亡すると、胎児も死亡しますから、たとえ死んだ妊
     婦の子宮が破裂を免れたとしても、二つの命が失われること
     になります。


Q3.シートベルト装着法と生存者数の関係はどうなりますか?

  
 A.激しい衝突事故のケースを単純化すると下表のようになります。     

妊婦独自の
装着法
子宮破裂   母親     胎児  生存者数
 ベルト無し -  無 し     死 亡    死 亡     0名

 ベルト装着   無 し   有 り   生 存   死 亡
   1名
 ベルト装着   有 り  無 し   生 存   生 存    2名

     世界の先進国の大多数では表の「C」欄の制度を採用しています。
      

Q4.もし子宮の膨らみの上を横断するシートベルト装着法をしていて
   子宮破裂を起こすと、どうなりますか?

    A.ベルトの圧迫による子宮破裂は、お産の時の子宮破裂とは、
      、以下の3つの点が異なります。

       1. 破裂部位は子宮底部であり、胎児は一瞬で腹腔内に
         脱出して死亡する一方、妊娠子宮は急速に収縮します。
         子宮底部の血流はもともとさほど豊富でない事と、子
         宮筋層の急速な収縮による止血効果で、出血量は分
         娩時の子宮破裂ほどには多くはなりません。
                       (参考文献 18, 19)

       2.子宮底部の破裂部位は手技的に、修復可能なことが多
          く、温存された子宮による将来の妊娠は可能です。
                       (参考文献 18,19)
         村尾医師自身、修復した子宮による妊娠を2名経験し
         ています。

       3.これらの理由により、子宮破裂自体が母体死亡の原
         因になることは、めったにありません。(参考文献 5)

         過去に報告された子宮破裂の妊婦の死因は、頭部打
         撲などのほかの部位の致命的損傷によるものとされて
         います。         (参考文献 17)



Q5.シートベルトの当たる位置に胎盤があると、事故の際に危険で
   はないでしょうか?


    A.1.
子宮の膨らみを上下に避けるのが
          妊婦独自のシートベルト装着法
なのですから、正しく装
        着していれば、そもそもベルトの位置に胎盤は無いはず
        です。
        前置胎盤でもないかぎり、このような懸念は生まれない
        はずです。
        

      2.子宮の打撲による常位胎盤早期剥離の原因は、胎盤の
        付着部位の直接的打撲のみではありません。

        むしろ事故の衝撃が加わった際、妊娠子宮の急激な進
        展と収縮の動きに、伸展性の無い胎盤がついてゆけな
        いことにあります。

        したがって常位胎盤早期剥離は、胎盤の付着部位の如
        何にかかわらず発生します

      
        したがってシートベルトとの位置関係に神経質になりす
        ぎるのは疑問です。(参考文献 1)

        

Q6.妊婦の交通事故死の統計は、どうなっていますか?
    

    
A.1.交通事故の際の警察の現場検証の事故報告書には
         、怪我人が妊婦かどうかを記入する欄自体が存在しま
         せん。
         したがって、これを全国集計した
         「交通統計」(交通事故総合分析センターなど) にも
         妊婦の事故の項目はありません。

      2.日本の厚生労働省が作成する「人口動態統計」には、不
       慮の事故や自殺などによる妊婦の死亡(外因死)の項目自
       体が存在していません。

       したがって交通事故による妊婦の死亡数の統計も存在
       しないのです。
        (同じ理由で
1995年の阪神淡路大震災で死亡した妊婦
        の数も、統計自体が存在しないのでわからないまま
とな
        っています)

      


Q7.何故日本には妊婦の交通事故死の統計が無いのでしょうか?
    

    A.WHO(世界保健機構)が、「妊産婦死亡(Maternal death)」
      という用語の定義を
      
「不慮または偶発の原因によるものを除く」
      としてきた事が根底にあります。
      この統計は1899年(明治32年)以来、一世紀余りの歴史を
      持つ統計です。

      しかし、医学の進歩によりこの一世紀で妊産婦死亡率は劇
      的に減少しました。年間妊産婦死亡数は全国でわずか
35人
      (2007年)であるのに対し、生殖可能年齢女性(16-45歳)の外因死
      (自殺、他殺、事故死、その他の合計)は、今や推定
187人
      にもなります。(参考文献 22, 27)

      妊婦の外因死率が仮に生殖可能年齢女性のそれと同じと
      仮定すると、妊産婦死亡統計の約5倍が統計外で死亡し
      ている
ことになります。



                                 
  (参考文献 8,9、27


Q8.統計が無いことが、どういう影響を及ぼしていますか?
    
    A.政府のあらゆる行政政策は、統計の数値を基礎に政策立
      案されてゆきます。統計が無いということは、何の政策も立
      案されないことを意味します。

      日本全国の生殖可能年齢女性(16-45歳)2376万人に対する
      出生数109.0万人の割合を平成19年の交通事故統計に
      あてはめて試算すると、以下のようになります。
   
      
【統計の対象となっているもの】

           年間妊産婦死亡数(事故死は含まず)       35名

            <政策>  厚生労働省「健やか親子21」計画、
                  全県に総合周産母子センターの建設 など莫大な国費の投入

     
【統計の対象ではないもの】

         1. 妊産婦外因死数(推定)               185 名

         2.交通外傷による妊婦の負傷者数(推定)    7817 名

         3.交通外傷による妊婦の死亡者数(推定)      10 名

         4.交通外傷の産科的合併症(推定) ※1    2300 名

         5.交通外傷による胎児死亡(推定) ※2      800 名


            ※1: 常位胎盤早期剥離、胎児機能不全、切迫流早産、前期破水、
               早産、子宮破裂、不全子宮破裂、陣痛発来など

            ※2:自然流産、人工妊娠中絶、子宮内胎児死亡など、
 
           <政策>  何もなし           (参考文献26、27


       即ち今の日本は、お産で死亡する妊婦より、外因死(事故
       や事件による死亡)の妊婦のほうが多いと推定されるにも
       かかわらず、何の対策もとられていません。


Q9.妊婦の外因死の統計とシートベルトに何の関係があるのでしょうか?
    
    A.お産で死亡する妊婦より、外因死(事故や事件による死亡)
      の妊婦が多いと推定されますが、
      外因死の主な原因に不慮の事故があります。
          ↓
      不慮の事故の2/3は交通事故です。(参考文献 1)
          ↓
      交通事故の70%は乗車中に発生しています。
                        (参考文献 20
          ↓
      シートベルトの有無が乗車中の事故死の生死を分けます。
          ↓

      
シートベルトの有無が、国家の妊産婦死亡総数を左右します。


Q10.問題解決にはどうすればよいでしょうか?
    
    A.「お産による母親の死亡を減らしたい」という、明治以来
      国家100年の悲願は、妊産婦死亡率が先進国レベルに到
      達した20世紀末に、ついに達成されたとみてよいのではな
      いでしょうか。
      
      今後は発想を転換する必要があります。
      これ以上多額の国費を投入して、お産による死亡を減らす
      べく努力しても、外因死への対策がなされない限り、総妊産
      婦死亡数でみると、さして減少しない計算になるからです。
  

      21世紀は外因死まで含めた総妊産婦死亡数を減らす方向へ、
      国家政策のパラダイムの転換が必要だと思います。


Q11.総妊婦死亡数を表す指標はあるのでしょうか?


     A. WHOは1990年のICD−10の改定の際に、新たに
        「妊娠関連死亡(Pregnancy-related death)」という指標
        を採択しました。
        これは、妊娠中〜妊娠終了後42日未満の、外因死を含
        む全ての原因による死亡を包括する指標です。
        欧米では既にこの指標を用いた報告があります。

        日本でも「妊娠関連死亡」による統計を開始すれば、交
        通事故死を含む総死亡数が判明するはずです。

         
          

        妊娠関連死亡(Pregnancy-related death, WHO)の報告一覧

     報告者   Fildes  Hogberg  Gissler   Jakob     Horon   合 計  
     地域 Cook County  Sweden  Finland    Utah  Maryland
     報告年    1992   1994   1997   1998   2001
(1) 妊産婦死亡 (Maternal death)
   a. 直接産科的死亡          18    36    24    35    64    177   
   b. 間接産科的死亡    12    22     5    14    26     79
(2) 非妊産婦死亡 ♯(Non-maternal death)
   a. 外因死    44     4    25    10    40    123
   b. 外因死以外    21     2    24     3     7     57
      合  計    95    64    78    62   137    436

       ♯非妊産婦死亡 : 妊娠とは無関係の原因による、
                     妊娠中〜妊娠終了後42日未満の女性の死亡

           外因死     <例> 不慮の事故、自殺、殺人 等
           外因死以外  <例> 悪性腫瘍、血液疾患、呼吸器疾患、心疾患 等  (参考文献 9)
       


Q12.日本の妊婦の交通事故の実態はどうなっていますか?

    A.日本には妊婦の交通外傷に関する論文は極めて少ないの
      が実情です。
      その理由は、この領域が産婦人科・外科・救急医学科のは
      ざまに位置していて、関心を持つ医師がほとんどいない現
      状があります。

      村尾医師の過去のデータでは1985-2001年の妊
      婦の総外傷症例数109例中、交通事故が75例を占め、う
      ち73例は四輪車搭乗中でした。シートベルト装着者は20%
      で、運転席または助手席搭乗者が89%を占めていました。

      事故が妊娠の予後に影響したのが16名で、何らかの理由で
      死亡した胎児の割合は9名(12%)でした。
                       (参考文献8,9)


Q13.産科医にシートベルト着用を指導された妊婦が交通事故でベ
    ルトによる子宮破裂を起こした場合、医師は責任を問われ
    るのでしょうか?


    ≪医学的側面≫    

     1. Pub Medで検索しうる限り、妊婦独自のシートベルト装着
       法を正しく行っているにもかかわらず子宮破裂を起こした
       という報告は世界で一例も見い出せませんでした。

        したがって子宮破裂が起きたとすれば、事故の瞬間に、
       妊婦独自のベルト装着法を正しく行っていなかったことが
       原因だと思われます。

     2.一般の人がベルトを正しく装着している場合の「シートベ
       ルト損傷」には肩ベルトの走行に一致した鎖骨骨折や、肋
       骨骨折などがあり、腰ベルトの位置がずれると、更に小腸
       破裂や大動脈損傷等が起こります。

       しかし「怪我をしたのはシートベルトのせいだ」として自動
       車メーカーを訴える人はいませんよね。なぜならば、シー
       トベルトのおかげで自分の命が助かった事が明らかだか
       らです。

        妊婦さんのシートベルトの誤着用による子宮破裂は、
       誤った装着方法に起因した「シートベルト損傷」にほかなり
       ません。

       したがって、シートベルトのおかげで母体の命が助かった
       事実を棚に上げて、子宮破裂という「シートベルト損傷」だ
       けを問題視する人がもしいるとすれば、その発想は本末
       転倒といえましょう。


    ≪法律的側面≫    

       警察庁、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会の3団体が
       明白にシートベルト装着推進を打ち出している現在、これに反する

        司法判断が出る事は、殆ど考えられません。


Pregnancy Seat Belt Promote Association Japan
by  Kumiko Kato, Kazuo Shimizu, Hiroshi Murao